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現代社会への疑問
これは日本にいるからこそ
感じることだけれども
俺らの周りに
「生」と「死」がないのだ
俺らは生まれる瞬間を知らない
正確に言えば
「自分の子供ができるまで、知らない」
そして人が死ぬ瞬間を知らない
性格に言えば
「自分の血縁者が死ぬまで、知らない」
それっておかしくねーか?
人間である以上
それに触れた感情は
子供でも大人でも
当たり前のように
「知っておかなくちゃいけないモノ」
だと俺は思う
つい100年前までは
きっとみんな知っていた
生とはこういうもので
死とはああいうものだと
言葉にできないまでも
きっと
目が耳が鼻が
体が
それを感じていただろう
それが
人間的ってことじゃあないのか?
俺は思うんだ
最近、非道な犯罪が多く起こってる
その数は
昔に比べたら
全然少ないさ
でも、その【質】が変わってきてる
昔の
純粋な貧困や欲望から生まれた
人間的な質が
現在の犯罪には
あまり感じられない
俺がすげぇ感じるのは
「好奇心」
に似た感情が
犯罪の裏にうごめいてるってことだ
それは特に
少年犯罪などに多く見られる
結論を知らないんだ
「死」という結論を
「障害」という結論を
「心の病」という結論を
そのリアルな臭いを
奴らは知らない
知っているのは
ゲームや漫画などから得た
間接的な「感覚」
それは頭の中を徐々に蝕み
倫理や道徳観を
麻痺させていく
そして、バーチャルを現実に変える
ただ
倫理や道徳ってのは
昔の価値観の単なる集積だ
それは宗教的に言えば
「善」であったり「正」であるかもしれないが
「真」とは限らない
こうやって
歴史は変わっていくのだろうか
でも俺は嫌だなぁ
始まりと終わりから目を背ければ
後に残るのは
結局は「現在」だけ
そうすると、どうしても
「今がよければすべてよし」
という価値観が強くなる
その結果起こるのが
環境破壊や核の行使
本能的な逃げに身を任せる奴が
ホンモノの臆病だってことを
みんな知ってるのかねぇ…
いらいらすんなぁ〜
最近、マジいらいらするんですけど
何にって?
チャリに乗った老人がよろよろよろよろ
俺の進路を妨害することにだよ
まぁしかし
老人はチャリにのるんじゃねぇ!
というような、
馬鹿っぽい発言はしないよ
歩くよりチャリの方が
足腰が弱くなっている老人にとっては
楽だろうし
あれはチャリの構造にも問題があると思うんだ
「問題提起」
なんであんなほっそーいタイヤを使ったチャリを
老人は使わねばならないのか?
タイヤ大きくするなり
持ち手を低くして、全体的に小さなチャリにしたり
すればいいじゃない!!
老人用のチャリを
作ればいいじゃない!!
多少高くたって
安全に乗れるチャリがあれば
老人はそれを買うんじゃない?
後輪が2つあるチャリが時々ある
あれはあれで理にかなっている
でもさぁ
老人がふらふらしてしまうのは
前輪の地上との接地点が小さくて
チャリの運転がしにくいからだろう!
だから、まずは!
前輪を大きくするんだよ!
バイクのタイヤのサイズはいい過ぎかも
しれないが
そのくらい太いタイヤを使い
かつ
車輪の直径をもっと小さくすれば
安定性が抜群のチャリができるでしょ
それを作れば
もっと老人は安全に
かつ、ふらふらせずに
チャリに乗れるわけだよ!
俺も被害を受けなくて済むわけだよ!
なんでつくらねぇんだー!!シマノ!!!!
| 日記
奇跡的な彼女
もはや、彼女と呼べるような
存在ではないが
とりあえず付き合って2年くらいの
女がいる
もう2年ほど付き合っているが
俺はその女に対して
信頼関係を全く感じられないのだ
なぜか?
@就職先について、教えてくれない
Aバイト先について教えてくれない
B誕生日をまともに祝ってくれない
この3点が原因である
特に@とBの際には
引かざるを得なかった
Bなどは
誕生日プレゼントねーとかいって
やっすいキーリングのみで
「もう1つあるんだけど
今度渡すねー」
とか言って、もう3ヶ月が経とうとしている
食事のお店も適当
俺は2回とも、予約をして、サプライズを用意して
誕生日を祝ったのだが
彼女は全くそんなことができない
というか、しない
初めての誕生日のときなんか
「予約できなくてさー」
とかいって、フツーのパスタ屋に連れて行かれた
まぁ、それでもごちになろうかな
と思って、色々頼んだりすると
機嫌が悪くなっているのが、雰囲気で伝わってくる
そんな奴なのに
やたら高い店にウインドウショッピングに行った時に
「これ誕生日に買ってー」
を連呼する
マジうぜえんだけど
やばい…書いててこんな女と形だけでも
付き合っている自分がイタクなってきた…
書きたいことはまだあるんだ
@は、「どこに就職決まったの?」
と聞いても、教えてくれない
「私、元々○○科だから、進路と学部が合ってないし
答えたくないの」
そう言われたら
「あ、そう」
としか言いようがなかった
心の中では、ドン引きである
でさぁ、それならまだいいんだよね
フツーに流して、さよならすればいいんだから
でもさぁ、そいつは言うわけよ
「あー結婚したいって言われたい」
…はははっははははははっはははは
誰にいってんだよ?俺にか?
なわけないよな!
誰がお前と結婚すんじゃ!
就職先も知らない
バイト先も知らない
自分が祝ってもらうことしか考えてない
そんな女と結婚したいと思う男なんて
いねぇよボケ!
まぁ、めっちゃ美人とかだったら
考える男も…………いや、いねぇか(笑)
ここまで書いたが
このストーリーだけを見ると、
なんでこんな女と(今でも形だけ)付き合っているのか
という疑問を抱かれるだろう
まぁ、それはなんのことはない
ただ、流されているだけだ
そうそう、結婚後
一緒にいて大して楽しくもないのに
離婚しないで一緒にいる夫婦みたいなもんだ
別れようっていうのも面倒なのである
ていうか、こんなふうに
自分の気持ちを書くと
俺自身もイタイ男だとわかる
まぁ、しかし
向こうがなぜ別れようと言って来ないか
不思議で仕方ない
他の男と頻繁に会っているようだし
遊びにも行っているようだし
それがわかっているだけに
発言の意味がますますわからなくなるんだよね
頭オカシイんじゃね?
と思わざるを得ないね
まぁ、これ以上続ける気も
さらさらないので
とっととおさらばします
| 日記
学生の殺人事件の影
よく新聞を見ると出てくる言葉が
「あの子はおとなしくていい子だった」
「成績優秀だった」
「そんなことをするようには全然見えなかった」
それは当然である
そういう子ほど
奥に秘めた感情が強いからだ
ようは世渡りが上手ってこと
反抗したり、自己主張しても
今の自分じゃ無駄だってことがわかってる
だから表には出さない
心には、ものすごい気持ちが
渦巻いているけれどね
その気持ちを出さないように
耐えるのは自分との戦いだと思う
何度も何度も
「実行してやろうか」
という気持ちに駆られながらも
ひたすら耐える力が
彼らにはある
けれども、ふとある拍子に
臨界点突破してしまうと
もう、その衝動は
自分ではとめられない
そして、結果
殺人という
現在最も重い罪とされる
行為を犯してしまうことになる
悪ぶってる奴とか不良っぽい奴とかは
それで十分「己の自己実現」
ストレス発散してる
先生なんかの
それでこそ、社会的にも大したことない存在を
大人の代表者だと思って
反発して
そんで、自分の存在を確認する
そんな奴らにホンモノの悪なんてほとんどいない
ぶってるだけ
本当に怖いのは
最初に行ったように
「いつでも動けるけど動かない」
「自分の気持ちをコントロールしてる」
そんな奴らの方だ
一度、引き金が引かれたら
彼らは
もう止まれない
そして
本当に賢い悪は
痕跡すら
残さない
無料でアニメ・ドラマ
救助者が溺れるのは何故?
いつもこの手のニュースを見ると
不思議に思うんだけど
なんで、助けにいった人が死ぬんだろう?
泳げるから助けにいくんだよね?
で、助ける自信があるから助けにいくんだよね?
と、ここでまず「自分は泳げないのに助けにいく」
という馬鹿げた可能性は排除しておく。
ここでは
「泳げるのに、何故溺れて死ぬのか?」
に焦点を当てよう
可能性は3つあると思われる。
1つは、力尽きた
2つは、溺れている人に巻き込まれた
3つ目は、それ以外の要因
まず1つ目は
水の流れが予想以上に速く、自分の能力で対処できる
レベルを超えていた
という状況が1番考えられる
自然の力を知らない者が衝動に駆られて
救助に走るとこのようになる
実際、海流、ましてや川流でさえ
人間を余裕で流すエネルギーを持っている
その下では、泳ぎなど意味を持たない
知識の無さが原因である
そもそも見知らぬ人間が溺れているのを
ほっておいても
こちらには何の非もないのであるから
無視しても問題はないのである
それを助けに行って
自分が死んでたら世話がない
その人の善意は確かに尊重すべきものであるが
それは
「助かってこそ」
の善意であることを忘れてはならない
理想と現実の違いがここにある
議論がずれた
あとは、水温の問題である
流れる水というのは体温を猛スピードで奪っていく
海や川の水は非常に冷たい
海水浴できるのは浅瀬だけだよ?
海水浴場の海でも
足がつかないくらいの深さのところへいって
思いっきり潜ってみるといい
その水の冷たさ
暖かい水 と 冷たい水 の境界線があることに気づくはずだ
これは
海や川などの体積が広ければ広いほど
人間にとって深刻な敵となる
海水浴場の水は
陸地に溜まった熱も
その暖かさのために一役買っている
それが大海原ではない
とするとどうなるか?
答えは簡単だ
水面でも、チョー冷たい水が人間を待っている
海で遭難した場合、太っている人のほうが
生存確率が高いというデータが出ているのも
この「水温」が原因なのである
次に2、溺れた人に巻き込まれた 可能性について
溺れている人はパニック状態だ
お風呂で溺れたときのことを考えてみればいい
まず、空気が確保できていない
これは非常にしんどい状況だ
そして
風呂とは比べ物にならない、死ぬという危機感が
人間の脳を活性化させて
ものすごい力を生み出す
アドレナリン全開の状況である
そんなパワフルな状態の人間に
真正面から近づいたら
ただでさえ泳ぎでエネルギーを使っているのに
さらに、体に負担をかけることになる
溺れている人は空気を確保しようとする
すなわち
救助者を海面下に押しのけてでも
空気を確保しようとするのだ
それは本能的な行動である
救助者はその被害をモロに受ける
しかも、向こうはパニック状態だ
話すらできないだろう
とりあえず、頑張って救助者も溺れている人に空気を
すわせようと努力するだろうが
自分も空気を吸って、冷静に浮かぶことを考えなければ
両者とも生きることができない
そうしているうちに
逆にこっちが力尽きる
ちおうパターンだ
このような場合は、後ろから近づいて
救助するのが、正しい方法らしい
やったことがないからわからないが
上の説明を読めば、その理由がわかるだろう
どちらにしろ
救助する側にも技術が無ければ
共倒れする可能が、非常に高いのである
それでも毎年
救助者が死亡する事故が後を絶たない
日本人の善意が
未だ果てず残っているという点では
喜ばしい話だが
死んでしまっては元も子もない
その辺の情報提供を
各地の海水浴場に
大きく看板などに載せて
置いておくだけでも
人の意識は変わると思うのである
その他の確立は
くらげに刺されたとか
脱水症状とか
あるだろうね
もう考察に疲れたので
終わり
Def Tech 解散
あああーついに解散してしまったよ。
「My Way」とかすげー好きだったんだけどなぁ。
でてきた当初は、ずっと聞いてたw
あー残念すぎる。
二人の音楽性の違い?
なんか、音楽作成のペースが合わなかったみたいだね。
日本での定期的な販促活動が
Shenには苦痛に感じられたんだってさ
そんな記事を見たことがあるよ
以下、ヤフーを引用☆
「My Way」などのヒット曲で知られるユニット・Def Tech(デフテック)が7日(金)、公式サイトで解散を発表した。
Def Techのアルバム売上一覧
「活動再開を待ってくれた皆さん、ごめんなさい」という書き出しで音楽的な方向性の違いを理由に挙げ、メンバーのShenとMicroの共同名義で「Def Techを解散することにしました」と発表。今後はそれぞれソロとして活動する。
解散にあたり、Shenは「私たちは絶えず変わりつづけ、新たなドアを開けつづけ、新たなことに挑戦しつづけます」、Microは「今、目の前に二つの“わかれ道”が見えてきた。一つはハワイから世界に、もう一つはこの日本から全世界にひらかれている道。僕らは自分達としっかり向き合い、今前を向いて、お互いの歩むべき“My Way”を進んでいくことを決意した」と綴っている。
「My Way」とかすげー好きだったんだけどなぁ。
でてきた当初は、ずっと聞いてたw
あー残念すぎる。
二人の音楽性の違い?
なんか、音楽作成のペースが合わなかったみたいだね。
日本での定期的な販促活動が
Shenには苦痛に感じられたんだってさ
そんな記事を見たことがあるよ
以下、ヤフーを引用☆
「My Way」などのヒット曲で知られるユニット・Def Tech(デフテック)が7日(金)、公式サイトで解散を発表した。
Def Techのアルバム売上一覧
「活動再開を待ってくれた皆さん、ごめんなさい」という書き出しで音楽的な方向性の違いを理由に挙げ、メンバーのShenとMicroの共同名義で「Def Techを解散することにしました」と発表。今後はそれぞれソロとして活動する。
解散にあたり、Shenは「私たちは絶えず変わりつづけ、新たなドアを開けつづけ、新たなことに挑戦しつづけます」、Microは「今、目の前に二つの“わかれ道”が見えてきた。一つはハワイから世界に、もう一つはこの日本から全世界にひらかれている道。僕らは自分達としっかり向き合い、今前を向いて、お互いの歩むべき“My Way”を進んでいくことを決意した」と綴っている。
スザンヌ
最初見たときハーフだと思った…
日本人なんだね彼女…
最近日本もハーフ嗜好が高まってきたなぁ
珍しいし、なんかかっこよく感じるんだけど
それって
単なる欧米に対する憧れ?
だと思うのは俺だけかな
しかし、それをわかっていても
無意識的に
かっこいいなーとかかわいいなー
とか思ってしまうところが
人間の恐ろしさだ…
バラエティーやCMで活躍中の彼女は、スザンヌという名前と日本人離れした顔立ちから、ハーフと勘違いされているが、本名・山本紗衣(やまもとさえ)というれっきとした日本人。
熊本県出身ということもあり、九州で放送されている「九州青春銀行」(RKB毎日放送)をはじめ、関東では「汐留・イベント部」(日本テレビ)にもレギュラー出演。準レギュラーの「クイズ!ヘキサゴンII」(フジテレビ系)では、史上最低点を叩き出し、珍回答を連発するなど、愛すべきおバカ&天然キャラで注目の的に。自分の天然ぶりをポジティブに捉えているところが、人気の秘密なのかもしれない。
現在は動画配信サイトShowTime&GyaOのバラエティー番組「はなわレコード」から生まれた、はなわプロデュースによるユニット「中野腐女子シスターズ」を結成。それぞれにオタクな趣味を持つ現役アイドル6人グループで、スザンヌは‘健康オタク’を担当。CDデビューに向けて精力的に活動するなど、活躍の場を拡げている。
生年月日 : 1986年10月28日
出身地 : 熊本県
血液型 : O型
星座 : 蠍座
アドセンスって?
アドセンス 【AdSense】
別名 : Google AdSense, グーグル・アドセンス
分野 : eビジネス > ネット広告
Webサイトの内容に関連のあるWeb広告を自動的に配信し、Webサイト運営者に広告収入を支払うサービス。Google社がWebサイト運営者に対して提供しているサービスである。
Google AdSenseを利用する場合、申し込みをした後で、Googleの提供するJavaScriptを自身のWebページに埋め込むと、Googleから配信されるWeb広告を自身のWebサイトに掲載できる。広告料はWeb広告のクリック回数に応じてWebサイト運営者に支払われる。
Googleから配信されるWeb広告は、Webページを読み込み解析することでその内容に最も関連したものが自動的に選ばれる。また、Webサイト内にGoogleの提供する検索ボックスを埋め込むことで、その検索ボックスの検索結果に応じた広告を表示することもできる。 … 続きを読む
Web広告とWebサイトの内容を連動させることで、Webサイト閲覧者の興味のある分野のWeb広告を表示することができ、閲覧者がWeb広告をクリックする確率を上げる効果が期待できる。Webサイトの解析には、Googleの検索エンジンに使われている技術が応用されており、Webサイトに掲載されている文章の文脈に応じて語句の意味を区別し、適切な広告を選択することができるようになっている。
広告を機械的にクリックしたり、AdSenseを含むページを更新を繰り返すなどの禁止された行為を行うとアカウントを停止されることがある。一度停止になると復活は不可能と言われており、部外者が故意にアカウント停止にする行為が問題となっている。
らしい。
難しいなぁ。It用語は。
別名 : Google AdSense, グーグル・アドセンス
分野 : eビジネス > ネット広告
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Google AdSenseを利用する場合、申し込みをした後で、Googleの提供するJavaScriptを自身のWebページに埋め込むと、Googleから配信されるWeb広告を自身のWebサイトに掲載できる。広告料はWeb広告のクリック回数に応じてWebサイト運営者に支払われる。
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広告を機械的にクリックしたり、AdSenseを含むページを更新を繰り返すなどの禁止された行為を行うとアカウントを停止されることがある。一度停止になると復活は不可能と言われており、部外者が故意にアカウント停止にする行為が問題となっている。
らしい。
難しいなぁ。It用語は。
人間の強さ
久々に読みました
碁とか将棋の世界って
フツーの学生でもプロになれるんですよね
それは知っていたけど
今読むと、その非日常的な世界がよくわかりました
すげぇと
16歳で大人と対等に渡り合って
金を稼ぐ世界だと
感動しましたし
完全な実力主義の中で
戦っている人たちの強さに
ただ感服するのみでした
漫画の内容が
痛く自分の心に突き刺さりました
俺は何をやってるんだと
理想を持っていながら
理想に近づけない
前に進みたいと
手を必死に動かしても
肝心の足を動かしていない
最近そんな感じです
てかずっとそうだったのかな
自分のやりたいと思ったことに
勉強という大義名分を掲げて
ブレーキをかけてきた
そして、今結局何も残っていない現実がある
歴史に名を残すなんて今の状態じゃ無理
っていうか
歴史に名を残そうなんて思ってる時点で
俺は駄目なのかな
人に評価されたいから
そんな目標を掲げるのだろうね
他人を意識しすぎている
矛盾してる
自分のやりたいことがやりたいという気持ちと
客観的に褒められたいという気持ち
おれ自身が満足できればそれでいいって思ってるのに
それには他人を必要とする矛盾
ああ、情けない
俺は弱いなぁ
ほんとうに
昔からどれだけ強くなることができたのだろう
前に進むことができたのだろう
自分はずっと同じ位置にいて
ただ
周りの風景や人が
通り過ぎていっただけなのかもしれない
自分はまだ
その場所から一歩も動いていないだけなのかもしれない
碁とか将棋の世界って
フツーの学生でもプロになれるんですよね
それは知っていたけど
今読むと、その非日常的な世界がよくわかりました
すげぇと
16歳で大人と対等に渡り合って
金を稼ぐ世界だと
感動しましたし
完全な実力主義の中で
戦っている人たちの強さに
ただ感服するのみでした
漫画の内容が
痛く自分の心に突き刺さりました
俺は何をやってるんだと
理想を持っていながら
理想に近づけない
前に進みたいと
手を必死に動かしても
肝心の足を動かしていない
最近そんな感じです
てかずっとそうだったのかな
自分のやりたいと思ったことに
勉強という大義名分を掲げて
ブレーキをかけてきた
そして、今結局何も残っていない現実がある
歴史に名を残すなんて今の状態じゃ無理
っていうか
歴史に名を残そうなんて思ってる時点で
俺は駄目なのかな
人に評価されたいから
そんな目標を掲げるのだろうね
他人を意識しすぎている
矛盾してる
自分のやりたいことがやりたいという気持ちと
客観的に褒められたいという気持ち
おれ自身が満足できればそれでいいって思ってるのに
それには他人を必要とする矛盾
ああ、情けない
俺は弱いなぁ
ほんとうに
昔からどれだけ強くなることができたのだろう
前に進むことができたのだろう
自分はずっと同じ位置にいて
ただ
周りの風景や人が
通り過ぎていっただけなのかもしれない
自分はまだ
その場所から一歩も動いていないだけなのかもしれない
言葉にすること
前の記事でいろんな方にコメントをいただきました
ありがとうございます。
いろいろと参考になりました。
親になってみないとわからない
気持ちは確かにあるのかもしれません
でも
子供にしかわからない気持ちがあるのも事実
愚痴っても仕方がない
愚痴っても何が変わるわけでもない
今
とにかく
「自分」が前に進むことができなければ
自分の人生を変えていくことはできない
必死に頑張るしかないんだ
と思います
言葉にすると
自分が今どんな気持ちでいるのかよくわかります
結構日常の感情を流してしまいませんか?
僕はそうです
むかつくことがあったり
うれしいことがあっても
次の日の出来事に埋もれてしまって
いつの間にか忘れて、そのときの感情さえ消える
それはそれでいい点もあります
嫌なこととか忘れることができるし
でも
それじゃあ
結局は流されるだけじゃないかと思うこともある
こうやって書き留めておくと
後で振り返ったときにも
当時の自分の考え方と比較できて
自己分析ができます
僕がこうやって文章に表すときは
何かに迷っていたり、どうしようもない気持ちになっていることが
多いです
話をするのが苦手だけど
こうやってとりとめもなく言葉を羅列するのは
妙にスムーズにできるし、心地いい
だからブログに
こうやって自分の気持ちを素直にかけるのかもしれません
人生においては
よく
「仕方がない」
という言葉がよく使われます
僕もよく無意識に使います
なんで、こんな結果になってしまったんだろう…
あーでも…だったからかな
仕方がないか
本当にそうなのか?
と最近はよく思います
仕方がない
という言葉で自分をどこまでも許している
そんな気がします
24時間ある1日のうち
努力できているのは何時間か
おそらく僕は1時間も努力していない
理想の努力に近づいていない
でも、できない
俺の育ちが悪いからだろうな
仕方がない
今日は気持ちが乗らないんだよな
仕方がない
気持ち悪いくらい
甘い自分がいます
そんな自分が嫌いです
だから追い込みたい
死が背後に迫る環境に
身を置きたい
生きることに必死になって
何も考えることができなくなりたい
ただ「生きることに」
でも僕は忘れてしまいます
この気持ちを
何かに捉われて 流されて
また甘い自分の繰り返しが始まる
甘い 甘い 甘い 甘い
繰り返し
嫌になります
そのジレンマが
また今日も僕の頭を侵していきます
ありがとうございます。
いろいろと参考になりました。
親になってみないとわからない
気持ちは確かにあるのかもしれません
でも
子供にしかわからない気持ちがあるのも事実
愚痴っても仕方がない
愚痴っても何が変わるわけでもない
今
とにかく
「自分」が前に進むことができなければ
自分の人生を変えていくことはできない
必死に頑張るしかないんだ
と思います
言葉にすると
自分が今どんな気持ちでいるのかよくわかります
結構日常の感情を流してしまいませんか?
僕はそうです
むかつくことがあったり
うれしいことがあっても
次の日の出来事に埋もれてしまって
いつの間にか忘れて、そのときの感情さえ消える
それはそれでいい点もあります
嫌なこととか忘れることができるし
でも
それじゃあ
結局は流されるだけじゃないかと思うこともある
こうやって書き留めておくと
後で振り返ったときにも
当時の自分の考え方と比較できて
自己分析ができます
僕がこうやって文章に表すときは
何かに迷っていたり、どうしようもない気持ちになっていることが
多いです
話をするのが苦手だけど
こうやってとりとめもなく言葉を羅列するのは
妙にスムーズにできるし、心地いい
だからブログに
こうやって自分の気持ちを素直にかけるのかもしれません
人生においては
よく
「仕方がない」
という言葉がよく使われます
僕もよく無意識に使います
なんで、こんな結果になってしまったんだろう…
あーでも…だったからかな
仕方がないか
本当にそうなのか?
と最近はよく思います
仕方がない
という言葉で自分をどこまでも許している
そんな気がします
24時間ある1日のうち
努力できているのは何時間か
おそらく僕は1時間も努力していない
理想の努力に近づいていない
でも、できない
俺の育ちが悪いからだろうな
仕方がない
今日は気持ちが乗らないんだよな
仕方がない
気持ち悪いくらい
甘い自分がいます
そんな自分が嫌いです
だから追い込みたい
死が背後に迫る環境に
身を置きたい
生きることに必死になって
何も考えることができなくなりたい
ただ「生きることに」
でも僕は忘れてしまいます
この気持ちを
何かに捉われて 流されて
また甘い自分の繰り返しが始まる
甘い 甘い 甘い 甘い
繰り返し
嫌になります
そのジレンマが
また今日も僕の頭を侵していきます
くそな俺
てきとーなアフィリエイトばっかり張っていたので
そろそろ
しっかりブログの記事を書こうと思います。
僕は法律を学んでいます
が、それほど勉強していないので大した知識はありません
知識が必要なのは
問題に対処するためですから
その「問題に対処する」資格や機会がなければ
別に法律なんて知らなくたって問題ない
それは
法学部という学部を卒業しても同じことです
いくら専門性が高いといっても
高校までの義務教育と同じように
自分の好きな授業ばかりとって卒業できるわけではありません
もちろん自由な時間が多いから
その間で自分の理想を追求すればいいんですけど
僕は捉われて失敗しました
「親の期待」に捉われてしまいました
自分のやりたいことが
ないんです 今は
昔もなかったのかもしれない
ただ、やっていることで親が喜んでくれることが
一番嬉しかった
だから自分のやりたいことを考えなくてもよかった
時々思いついてやってみたいということを親に言う
すると
親は悲しそうな顔をして
「それじゃあ駄目だよ。しっかり将来を考えなきゃ」
と言う
それは俺の将来なのか?
それとも自分の将来のことを言っているのか?
見栄や世間体が大事なのか?
一度いわれてショックだった言葉がある
母親に同窓会の招待状が来ていた
「俺が行けばいいじゃん」というと
「でもあんた大学落ちたし、行ってもあれだから
今回は行かない」
俺の行く大学がなぜ同窓会に必要なんだろうか?
いまどき浪人する学生は多いのに
俺が親に恥をかかせたのか…
とても申し訳ない気持ちになった
と共に、俺の「意味」ってなんなんだろう?
とその時思った
大学に受からないから恥ずかしい
俺の存在そんなもんか
と思った
それはうすうす感じていた
今振り返れば
子供のころ、自分に選択肢なんて与えられてなかった
どこか外食に行っても
「お前らはこれな」
と父親が決める
学校や部活を休みたくても
「ちゃんと行きなさい」
と母親が口うるさく言う
それに反抗したものなら
「愛のようなもの」はなくなる
と俺は肌で感じていた
大した悪いことはしていないのに
よく物置に閉じ込められたし
何かわがままを言うと
「じゃあ、他の家の子供になればいい」
とも言われた
「誰がお前らの生活費を払ってやってるんだ」
もよく言われた
そんなこといわれたら
俺はもうどうすることもできなかった
もともと気が弱いしな
学校では顔にコンプレックスがあって
それに対して悪口が言われるのが怖くて
誰にも本心を打ち明けたことがなかった
だから
友達と言える奴なんて小学、中学にはほとんどいない
それと
小さい頃は、何かいうたびに親父に殴られてたからかも
しれないな
今思い返せば
よくグレなかったなと思う
ぐれなかったのも
親父が怖かったから
あと金がもったいなかったから
ただそれだけだ
周りのやつはタバコと酒、万引きいろんなことやっていたけど
俺がそれに手をだそうもんなら
おそらく
殴られ、蹴られ、半殺しにされていただろう
夜遅く帰るだけで
マジで怒られたこともあった
気持ち悪いくらい過保護だった
ずっとサッカー部で体は鍛えていたけれど
それでも
腕相撲で親父には絶対勝てなかった
そうやって俺は真面目っぽく生きてきた
昔はそれが正しいと思っていた
それが正義だと思っていた
でも今大学生になって
それは正義でも何でもない
誰が褒めてくれるわけでもない
ただの無意味な行為だったとうことを知った
俺の子供時代はなんだったんだろう
それは
俺に対する試練だったんだろうか
正直
いい思い出はあまりない
といか
思い出せないんだ本当に
嫌な思い出ばかりが蘇ってくる記憶体質なんだ
こんなことかいてるけど
結局
俺は今の現状から逃げたいだけなのかもしれない
何かに責任を押し付けたいのかもしれない
でも
ただ親という無条件的な存在を
肯定ばかりしていては
俺はもう前へ進めない
ということは確かだ
親も人間だもんな
今まで知らなかったかもしれない
ずっと絶対的な存在だったから
だからこそ
俺の進みたい道に
少しでも
「がんばれ」と言ってくれたら
どれだけ頑張れるかわからない
別に大した興味のない
法曹への道に対して
張り切って「がんばれ」と言っているのは
俺のためじゃない
自分のためだろう
教育で他の親に対して
優越感を抱きたいだけだろう
お前の好きなようにしなさい
形だけはいう
そして 好きなことをやりたいというと
おまえは社会の厳しさがわかってない
という
正直もう うざい
さっさと今までにかかった教育費を返して
実質的に縁を切りたい
そうすりゃ何もいえなくなるだろう
金は返したよ
それだけでもういいや
2000万円くらい
早く返そう
その後は介護なんてしてやんねぇよ
勝手に生きてろ
親孝行なんて
そんなの誰が善って決めたんだよ
親が悪だったら
それでも善になんのか?
理想だけを言葉にして
理想の話だけを理想とする
そんな言葉はいらねぇよ
消えろ
そろそろ
しっかりブログの記事を書こうと思います。
僕は法律を学んでいます
が、それほど勉強していないので大した知識はありません
知識が必要なのは
問題に対処するためですから
その「問題に対処する」資格や機会がなければ
別に法律なんて知らなくたって問題ない
それは
法学部という学部を卒業しても同じことです
いくら専門性が高いといっても
高校までの義務教育と同じように
自分の好きな授業ばかりとって卒業できるわけではありません
もちろん自由な時間が多いから
その間で自分の理想を追求すればいいんですけど
僕は捉われて失敗しました
「親の期待」に捉われてしまいました
自分のやりたいことが
ないんです 今は
昔もなかったのかもしれない
ただ、やっていることで親が喜んでくれることが
一番嬉しかった
だから自分のやりたいことを考えなくてもよかった
時々思いついてやってみたいということを親に言う
すると
親は悲しそうな顔をして
「それじゃあ駄目だよ。しっかり将来を考えなきゃ」
と言う
それは俺の将来なのか?
それとも自分の将来のことを言っているのか?
見栄や世間体が大事なのか?
一度いわれてショックだった言葉がある
母親に同窓会の招待状が来ていた
「俺が行けばいいじゃん」というと
「でもあんた大学落ちたし、行ってもあれだから
今回は行かない」
俺の行く大学がなぜ同窓会に必要なんだろうか?
いまどき浪人する学生は多いのに
俺が親に恥をかかせたのか…
とても申し訳ない気持ちになった
と共に、俺の「意味」ってなんなんだろう?
とその時思った
大学に受からないから恥ずかしい
俺の存在そんなもんか
と思った
それはうすうす感じていた
今振り返れば
子供のころ、自分に選択肢なんて与えられてなかった
どこか外食に行っても
「お前らはこれな」
と父親が決める
学校や部活を休みたくても
「ちゃんと行きなさい」
と母親が口うるさく言う
それに反抗したものなら
「愛のようなもの」はなくなる
と俺は肌で感じていた
大した悪いことはしていないのに
よく物置に閉じ込められたし
何かわがままを言うと
「じゃあ、他の家の子供になればいい」
とも言われた
「誰がお前らの生活費を払ってやってるんだ」
もよく言われた
そんなこといわれたら
俺はもうどうすることもできなかった
もともと気が弱いしな
学校では顔にコンプレックスがあって
それに対して悪口が言われるのが怖くて
誰にも本心を打ち明けたことがなかった
だから
友達と言える奴なんて小学、中学にはほとんどいない
それと
小さい頃は、何かいうたびに親父に殴られてたからかも
しれないな
今思い返せば
よくグレなかったなと思う
ぐれなかったのも
親父が怖かったから
あと金がもったいなかったから
ただそれだけだ
周りのやつはタバコと酒、万引きいろんなことやっていたけど
俺がそれに手をだそうもんなら
おそらく
殴られ、蹴られ、半殺しにされていただろう
夜遅く帰るだけで
マジで怒られたこともあった
気持ち悪いくらい過保護だった
ずっとサッカー部で体は鍛えていたけれど
それでも
腕相撲で親父には絶対勝てなかった
そうやって俺は真面目っぽく生きてきた
昔はそれが正しいと思っていた
それが正義だと思っていた
でも今大学生になって
それは正義でも何でもない
誰が褒めてくれるわけでもない
ただの無意味な行為だったとうことを知った
俺の子供時代はなんだったんだろう
それは
俺に対する試練だったんだろうか
正直
いい思い出はあまりない
といか
思い出せないんだ本当に
嫌な思い出ばかりが蘇ってくる記憶体質なんだ
こんなことかいてるけど
結局
俺は今の現状から逃げたいだけなのかもしれない
何かに責任を押し付けたいのかもしれない
でも
ただ親という無条件的な存在を
肯定ばかりしていては
俺はもう前へ進めない
ということは確かだ
親も人間だもんな
今まで知らなかったかもしれない
ずっと絶対的な存在だったから
だからこそ
俺の進みたい道に
少しでも
「がんばれ」と言ってくれたら
どれだけ頑張れるかわからない
別に大した興味のない
法曹への道に対して
張り切って「がんばれ」と言っているのは
俺のためじゃない
自分のためだろう
教育で他の親に対して
優越感を抱きたいだけだろう
お前の好きなようにしなさい
形だけはいう
そして 好きなことをやりたいというと
おまえは社会の厳しさがわかってない
という
正直もう うざい
さっさと今までにかかった教育費を返して
実質的に縁を切りたい
そうすりゃ何もいえなくなるだろう
金は返したよ
それだけでもういいや
2000万円くらい
早く返そう
その後は介護なんてしてやんねぇよ
勝手に生きてろ
親孝行なんて
そんなの誰が善って決めたんだよ
親が悪だったら
それでも善になんのか?
理想だけを言葉にして
理想の話だけを理想とする
そんな言葉はいらねぇよ
消えろ